
『巨怪伝』関連ということで、やはり現在話題の読売巨人軍の渡辺オーナー。この本は渡辺恒雄の生涯を詳細に論じた本で、著者は相手が巨大な存在であるために、なかなか取材がうまくいかなかったらしい。だが、その甲斐あって、その人間関係などが詳しく述べられている。
東京の中野にあった東京高等学校では、最近亡くなった歴史学者の
網野善彦、当時はドストエフスキーの『白痴』を読んでいた現在日テレ社長の
氏家斉一郎、西田幾多郎の『善の研究』を抱えた渡辺恒雄が学友だった。網野と氏家は学校を休んで遊び歩き、あとからやってきた渡辺は氏家と仲良くなり、遊びまわるようになったらしい。ちなみに、この他に
黒田寛一や
城塚登といった人も東京高等学校。少し先輩には、
清水幾多郎がいた。なんだかややこしいものである。
渡辺オーナーは野球ばかりではなく政治関係でも有名。中曽根総理大臣擁立のために奔走した。また、(野中側の青木、中曽根の元秘書の中尾栄一の二人を立会人に)敵対関係にあった野中公務と渡辺が和解して、97年の自自連立(自民党+自由党)を実現させてもいる。読売の記者時代に人脈を形成して、その力をいろいろな場面で発揮させてきたのである。このあたりは他の政治記者とはカナリ違っている。東京タイムズの記者から田中角栄の秘書になった早坂茂三などは少し似ているといえなくもない。
だが、渡邊恒雄が読売を支配するようになるまでは紆余曲折があった。読売を買収して社長となった正力松太郎のあと、関東圏に強力な販売網を確立した務台光雄が勢力を持つようになり、正力のグループと対立関係になる。渡辺はワシントンに飛ばされるようなこともあったが、運良く論説委員におさまってしまう。だが、務台光雄は正力派の動向を晩年まで注視していて、自分の地位を脅かす動きがどこかにあるのではないかと疑心暗鬼になっていた。ある記事が原因で氏家は新聞から日テレへ、さらには、引責辞任にその後のスキャンダルまでおまけについてきた。務台の死後、読売と日テレは東大以来の二人によって実権が確保されることになった。渡辺は務台との親密な関係を維持して、読売のトップを委任される。渡辺体制になって読売新聞から追い出されることになったのは黒田清と大谷昭弘の両氏。大阪読売で人権問題について理解ある紙面を作っていたが、路線の違いからそうした活動ができなくなり、退社することになる。黒田清はTBSのニュース23にたまに出てきたりしていたが、2000年に死去。もう一人の大谷昭弘はワイドショーなどで現在も活躍中。
鈴木宗男も秘書から議員へ転進しようとしたときに、にらまれて、いろいろと誹謗中傷を受けることになった。
代表取締役名誉会長の務台光男はアンチ長嶋で長嶋茂雄の監督再任を阻んでいたが、その死後に渡辺恒雄は長嶋茂雄の監督再任を実現。
ちなみに、渡辺恒雄と複雑な関係にある氏家斉一郎は、一時期読売から出て堤清二のセゾングループで顧問をしていたことがあったらしい。
愛読書はマキャベリの『君主論』。政権を維持するためになら、どんなに信義に背くことでもOKという策謀を勧める本である。