トップ

ネット&読書探索の遍歴
by kaursh
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
渡辺オーナーは年配者に気に入られる……
 魚住昭の『渡邊恒雄メディアと権力』の内容紹介の続きです。(ちなみに、本書は講談社文庫の一冊なので、詳しくはぜひご一読を。なかなか面白いお勧めのノンフィクションです。)

 豪腕と呼ばれる渡辺恒雄が読売の社長に就任できたのは、意外なことに、年寄りに気に入られることが得意だったためである、と指摘されている。自民党の大物政治家の大野伴睦の番記者でありながら、その政治的指南にまで口を出すまでに至ったのは、伴睦の大のお気に入りとして認められたためである。同様に、読売新聞の以前のトップ務台光雄は正力家を恐れ、社内の実権を他の人々にのっとられることを極度に恐れていた。渡辺にしても、社会部のグループとの確執が続いて、ワシントン赴任の時期には、自分の仲間が本社から左遷されてしまい、孤立していたが、務台との関係によって現在の渡辺の地位を築くことができたのである。渡辺は務台の前だけではなく、人前でも常に務台への服従の姿勢を貫いた。(陰口っていつのまにかに広まるものです。)

 氏家が一時期読売新聞社で失脚してセゾングループに身を寄せていたのは、渡辺ほどに年配者の信頼を得ることに熱心ではなかった、という。務台光雄は氏家に対して不信感を抱いて、日テレの副社長へと左遷して、そのあとに興信所を使ってえたスキャンダル情報を暴露して、雑誌などでネガティブキャンペーンをはることで、副社長の辞任に追い込んだ。務台は95ぐらいまで長生きしたために、後任と考えられていた人々も次々に病死してしまう。渡辺は務台に対しては絶対服従の姿勢を崩さないで、真摯に務台の補佐を努めてきたこともあって、務台から後継に指名されることになる。

 務台が死去してから、渡辺は初めて実権を握ることになる。そうして初めて、氏家を日テレに復帰させて、自分の周囲を固めていくことになる。現在の暴言の数々とは裏腹に、渡辺オーナーは案外としたたかな人物なのである。年寄りに気に入られることがあっても、選手や他の若手社長に対する態度を見ていると、若者に気に入られることは少ないのだろう。

 数年前に、モー娘の大物取材のコーナーで渡辺オーナーが出演していた。モー娘のメンバー数人は少しビビっていたようだったが、渡辺オーナーもそのときはさすがに恐るべき態度をとることはなかった。まあ、当たり前だが……。
[PR]
        by kaursh | 2004-07-26 17:29 | ノンフィクション
<< 少し順位が…… 三菱自動車リコール隠し事件 >>