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by kaursh
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カテゴリ:ノンフィクション( 13 )
       
佐野真一『東電OL殺人事件』
a0024788_20495868.jpg しばらく前に読み終えたのが、佐野眞一の『東電OL殺人事件』。昼間は東電のOLワタナベ、夜は渋谷界隈で売春、という二つの生活を日々送っていた。だが、1997年3月19日、夜の生活の途中、円山町の木造アパート喜寿荘の1階の空き部屋だった101号室で絞殺されてしまったという事件だ。有名企業のエリート社員が巻き込まれ、その裏の生活が暴露されたことで、世間を驚かせた事件だった。最近では、女子モーグルの五輪金メダリストでフジテレビ社員の里谷多英(28)がスキャンダラスな事件を起こしたが、コチラの方はハレンチな部分が注目されたが、東電OLの場合には、その人間性に対して多くの女性たちが興味を持つことになった。渋谷の風俗には、彼女のいた風景と共に事件について書かれている。容疑者となったのはそのアパートの鍵を一時期持っていたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ。佐野の見解では冤罪の可能性が高いが、ゴビンダには高裁で有罪判決が言い渡されている。この本はなかなか取材が困難な題材だが、そうした障害に直面しながらも、佐野真一の気迫が伝わってくる重い内容のものだった。こうした感想を持つのは事件の特異な性質というよりも、実際の事件についての真摯なノンフィクションでありながら、佐野真一の意見を強く感じてしまう本であるためだ。
a0024788_20501733.jpg 東電OLのワタナベと佐野の距離は大きくかけ離れているように思える。佐野はワタナベの人格的な分裂が起こり、一つは父親を慕ってエリートを目指し続けながらもうまくいかずにいるOL、もう一つは渋谷界隈を徘徊して男性遍歴を重ねて堕落していく女、という二つの世界が彼女の表と裏を作っていた、と説明する。おそらく彼女が裏の生活を開始した時点では、佐野の見方に多くの部分で符合する所があったはずである。だが、彼女が裏の生活をまるで規則的に繰り返すようになってからもそうであったのかは明らかではない。東電OLに対して多くの女性たちが共感して、佐野の著書を読んで感想文を書き送ってきたらしいが、これは案外と女性たちの見方が佐野の見解に近いためなのかもしれない。続編『東電OL症候群』では、佐野は地方に住む『OL殺人事件』の愛読者の一人である中年の女性とワタナベの人間像と重ね合わせている。その中年女性は夫との仲はいいが、ある時から見知らぬ男性たちと関係を持つようになった。こうした佐野の連想は、彼の女性観の表れなのかもしれない。
 エリート意識を持っていながら、それ以上の昇進を望めないという挫折があったというが、ワタナベの二重生活はすでに社内の同僚にもそして自宅の家族である母と妹にも知られていたらしい。とすれば、彼女の人格はその生活の中で分裂していたというよりもむしろずっと統一されつつあったように思える。ある種の堕落ともいえるが、ワタナベは夜と昼の生活を次第に連続したものとして考えるようになり、その奔放な生活がベースになるように変貌を遂げてしまったのである。佐野真一自身、そうした破綻を指摘していながらも、ワタナベに対する幻想を払拭することができないでいるのだ。佐野真一の作品に共通しているのは、『巨怪伝』を含めて主役ともいうべき人物の実像が空白のままに全編が完成してしまっていることにある。彼自身の理解を超えた人々に対しても、入念な取材を重ねることでどうにか一冊の本を書き上げてしまう。このあたりの執念が彼の本の面白さの一つなのだろう。

関連:
My Book My Life「東電OL殺人事件」特集 - 書評
ishida law information 特集 東電OL殺人事件 - 裁判について
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        by kaursh | 2005-04-03 21:14 | ノンフィクション
正力松太郎の暗殺未遂事件
a0024788_12543735.jpg 佐野真一『巨怪伝』の読書録の続き。

 時代は戦前のこと。特高警察のトップにいた正力松太郎は虎の門事件の責任をとって辞任。本当ならば、官僚や政界で勢力を持とうとしていたが、その夢は挫折することになる。だが、一線を退いた後も、特高の時代に築いた人脈を背景に新たな方面へと飛び出していくことになる。彼が向かった新たな場所は読売新聞の社長というポストだった。政治家の後藤新平の後援の元で、警察出身の男が社主になるのだ。現在でも、そんなことはほとんど不可能なはずである。だが、当時もしばしば新聞に対して圧力をかけてきた男に対する記者たちの反応はつらいものだった。社長交代の当日の新聞は大丈夫でも、翌日からの新聞を発行できるかどうか、まったくめどがつかないことになってしまった。記者たちは前社長の辞任と一緒に辞表を提出していたのである。
 正力は一人の記者を口説き落として、どうにか記者たちの動きを留めることに成功。正力が読売のトップの座につけたのは、政治家たちの利用しやすい新聞社を確保することが狙いだった。その当時は発行部数5万部という他の新聞社に比較しても零細の新聞社。だが、正力は次第にスタッフを充実させていき、数十万部にまで飛躍的に部数を増やしていった。その際に貢献したのが、渡辺恒雄がかわいがられた務台光雄。

 ところで、表題の暗殺未遂事件。これは正力松太郎が出社しようと読売新聞社の前にきた所を日本刀を隠し持った男が襲撃。目的は正力松太郎への警告の為に、片腕を日本刀で切断することだった。だが、正力は咄嗟によけて、腕は切断されなかったが、その代わりに首を大きく切られ、その傷口は幅15センチ深さ5センチというすごいものだった。出血の量は1リットルもあったが、正力はどうにか命を取り留めた。
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        by kaursh | 2004-07-30 22:25 | ノンフィクション
渡辺オーナーは年配者に気に入られる……
 魚住昭の『渡邊恒雄メディアと権力』の内容紹介の続きです。(ちなみに、本書は講談社文庫の一冊なので、詳しくはぜひご一読を。なかなか面白いお勧めのノンフィクションです。)

 豪腕と呼ばれる渡辺恒雄が読売の社長に就任できたのは、意外なことに、年寄りに気に入られることが得意だったためである、と指摘されている。自民党の大物政治家の大野伴睦の番記者でありながら、その政治的指南にまで口を出すまでに至ったのは、伴睦の大のお気に入りとして認められたためである。同様に、読売新聞の以前のトップ務台光雄は正力家を恐れ、社内の実権を他の人々にのっとられることを極度に恐れていた。渡辺にしても、社会部のグループとの確執が続いて、ワシントン赴任の時期には、自分の仲間が本社から左遷されてしまい、孤立していたが、務台との関係によって現在の渡辺の地位を築くことができたのである。渡辺は務台の前だけではなく、人前でも常に務台への服従の姿勢を貫いた。(陰口っていつのまにかに広まるものです。)

 氏家が一時期読売新聞社で失脚してセゾングループに身を寄せていたのは、渡辺ほどに年配者の信頼を得ることに熱心ではなかった、という。務台光雄は氏家に対して不信感を抱いて、日テレの副社長へと左遷して、そのあとに興信所を使ってえたスキャンダル情報を暴露して、雑誌などでネガティブキャンペーンをはることで、副社長の辞任に追い込んだ。務台は95ぐらいまで長生きしたために、後任と考えられていた人々も次々に病死してしまう。渡辺は務台に対しては絶対服従の姿勢を崩さないで、真摯に務台の補佐を努めてきたこともあって、務台から後継に指名されることになる。

 務台が死去してから、渡辺は初めて実権を握ることになる。そうして初めて、氏家を日テレに復帰させて、自分の周囲を固めていくことになる。現在の暴言の数々とは裏腹に、渡辺オーナーは案外としたたかな人物なのである。年寄りに気に入られることがあっても、選手や他の若手社長に対する態度を見ていると、若者に気に入られることは少ないのだろう。

 数年前に、モー娘の大物取材のコーナーで渡辺オーナーが出演していた。モー娘のメンバー数人は少しビビっていたようだったが、渡辺オーナーもそのときはさすがに恐るべき態度をとることはなかった。まあ、当たり前だが……。
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        by kaursh | 2004-07-26 17:29 | ノンフィクション
ナベツネは教育パパだったらしい。
a0024788_23451623.jpg 『渡邊恒雄メディアと権力』の続き。このあたりは話が急にやばくなってくる。自民党総務会長の大野伴睦(バンボク)の番記者になったことで、渡辺は大きく飛躍することになる。政治家を中心にKCIAの大物、児玉誉士夫、中曽根康弘との関係などとコネクションを広げていき、驚くべきことに政治的な問題に直接介入するまでになっているのだ。おそらく、その詳細な経緯はもっと面白い話であるはずなのだが、このあたりの過程については、著者の魚住昭も十分に論じているとはいえない。しかし現在の所、この本が一番肉迫した取材結果なのである。

 しかし渡辺もそのまますんなりと読売のトップへと駆け上がれたわけではなかった。首相を目指していたが挫折した大野伴睦が急死してしまい、その後の政情を動かす役割を果たしたが、先の見えない状況に陥っていた。昭和43年に、読売新聞社の新社屋の建設予定地の交渉を佐藤栄作を相手に行って成功したが、佐藤を新聞で批判していた渡辺自身のワシントン支局への移転を条件に話がまとまる。その結果、数年間、(あまり英語ができない状態でありながら)渡辺はワシントンで仕事をすることになり、その間に自分のグループの人間は社内の中枢からはずされてしまうことになる。帰国するころには社内の情勢は渡辺には劣勢なものとなっていた。

 47年の帰国後に、渡辺は熱心な教育パパ振りを発揮して、番町中学校に進んだ息子の睦をしばしば殴ってはご馳走して宥めながら勉強を教えたりしていたらしい。学習参考書を買いあさって、いいものを選び出し、家庭教師を大量に雇いながら、自分も教えるというようなことをしていた。これは父親を早く亡くした渡辺自身が母親から厳しい教育を受けたことが反映しているのだろう。息子が高校の当時、雑誌で、ハダカで息子と付き合うために、息子と一緒でなければフロに入らない、と発言。……よくわからない。

 検索していたら、渡辺オーナーネタを展開しているブログナベツネ不安倶楽部というのを発見。7月22日にまた暴言を吐いてしまったらしい。ちなみに、このブログはライブドアでやっている。
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        by kaursh | 2004-07-22 23:42 | ノンフィクション
名刺本と弘文堂とナベツネ……『渡邊恒雄メディアと権力』続き
 『渡邊恒雄メディアと権力』をまだ読んでいる。その中に、名刺本というのが出てくる。財界人や政治家、そして……などの本を出版すると、それを持って企業を回っていけば、まとめ買いをしてくれるのである。政治資金を集める手段として利用されてきた。名刺代わりになる本、ということ。

 そんなことで、当時は学術系の出版社だった弘文堂の社長と、そうした本の出版を次々に企画していった。経営不振から渡辺が経営に介入するようになり、その後、弘文堂の社長には渡邊恒雄の弟の渡辺昭男が引き継ぐことになる。渡辺恒雄の著書の多くがこの出版社から出ている。そして、中曽根康弘の著書もそこから続々と出版。だが、弘文堂は経営状態が悪化して、倒産。現在も弘文堂という出版社があるが、これは新弘文堂で、以前の弘文堂の関係者が再建したものである。数年前に、中央公論社を読売の傘下に入れたのは、以前からの出版社への渡辺の関心のためである。
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        by kaursh | 2004-07-21 04:27 | ノンフィクション
渡辺恒雄と高史明との関係って……『渡邊恒雄メディアと権力』の続き
まあ、これはよく知られたことでもあり、渡辺オーナー自身が率直に公言していることなのだが、東京大学に入って、渡辺は共産党の学生グループのリーダーになった。だが、下の学年に入ってきた学生によって、すぐにその基盤が揺るがされて、離党。その後は大学側に立って、共産党のグループを弾圧するためにいろいろと活躍したらしい。

a0024788_1284262.jpg昭和27年の春、記者になってから、奥多摩の山地に隠れていた共産党のグループを一人で取材しに行って、そこで拘束されてかなり危ないことになったらしい。だが、そのグループのリーダーだったのが高史明(1932-)――在日朝鮮人二世として自分の生まれ育つまでを描いた『生きることの意味』の作者だ。そういえば、高史明は先日、NHK人間講座に出演して、一人息子の自殺と親鸞の『歎異抄』との出会いを語っていた。この高史明は以前はずっと粗暴だったが、このときは仲間を押し留めて、渡辺殺害をやめるようにと説得した。このことが原因で、後に高史明は活動を離れることになる。

渡辺は命からがらその場を立ち去って、新宿のションベン横丁「ガツ屋」で待っていた(日テレの社長となる)氏家と会ってそのときの出来事を語ったらしい。このことは社会面の記事としてスクープとなったが、読売ウィークリーの記者だった「渡邊恒雄」という名前の掲載は拒否され、社会部に同名の渡辺という人がいたことから、「本社渡辺記者」として社会部の功績とした。このことで、渡辺はかなり怒ったといわれている。
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        by kaursh | 2004-07-20 18:18 | ノンフィクション
魚住昭の『渡邊恒雄:メディアと権力』―渡辺恒雄論
a0024788_144528.jpg 『巨怪伝』関連ということで、やはり現在話題の読売巨人軍の渡辺オーナー。この本は渡辺恒雄の生涯を詳細に論じた本で、著者は相手が巨大な存在であるために、なかなか取材がうまくいかなかったらしい。だが、その甲斐あって、その人間関係などが詳しく述べられている。

 東京の中野にあった東京高等学校では、最近亡くなった歴史学者の網野善彦、当時はドストエフスキーの『白痴』を読んでいた現在日テレ社長の氏家斉一郎、西田幾多郎の『善の研究』を抱えた渡辺恒雄が学友だった。網野と氏家は学校を休んで遊び歩き、あとからやってきた渡辺は氏家と仲良くなり、遊びまわるようになったらしい。ちなみに、この他に黒田寛一城塚登といった人も東京高等学校。少し先輩には、清水幾多郎がいた。なんだかややこしいものである。

 渡辺オーナーは野球ばかりではなく政治関係でも有名。中曽根総理大臣擁立のために奔走した。また、(野中側の青木、中曽根の元秘書の中尾栄一の二人を立会人に)敵対関係にあった野中公務と渡辺が和解して、97年の自自連立(自民党+自由党)を実現させてもいる。読売の記者時代に人脈を形成して、その力をいろいろな場面で発揮させてきたのである。このあたりは他の政治記者とはカナリ違っている。東京タイムズの記者から田中角栄の秘書になった早坂茂三などは少し似ているといえなくもない。

 だが、渡邊恒雄が読売を支配するようになるまでは紆余曲折があった。読売を買収して社長となった正力松太郎のあと、関東圏に強力な販売網を確立した務台光雄が勢力を持つようになり、正力のグループと対立関係になる。渡辺はワシントンに飛ばされるようなこともあったが、運良く論説委員におさまってしまう。だが、務台光雄は正力派の動向を晩年まで注視していて、自分の地位を脅かす動きがどこかにあるのではないかと疑心暗鬼になっていた。ある記事が原因で氏家は新聞から日テレへ、さらには、引責辞任にその後のスキャンダルまでおまけについてきた。務台の死後、読売と日テレは東大以来の二人によって実権が確保されることになった。渡辺は務台との親密な関係を維持して、読売のトップを委任される。渡辺体制になって読売新聞から追い出されることになったのは黒田清と大谷昭弘の両氏。大阪読売で人権問題について理解ある紙面を作っていたが、路線の違いからそうした活動ができなくなり、退社することになる。黒田清はTBSのニュース23にたまに出てきたりしていたが、2000年に死去。もう一人の大谷昭弘はワイドショーなどで現在も活躍中。

 鈴木宗男も秘書から議員へ転進しようとしたときに、にらまれて、いろいろと誹謗中傷を受けることになった。

 代表取締役名誉会長の務台光男はアンチ長嶋で長嶋茂雄の監督再任を阻んでいたが、その死後に渡辺恒雄は長嶋茂雄の監督再任を実現。

 ちなみに、渡辺恒雄と複雑な関係にある氏家斉一郎は、一時期読売から出て堤清二のセゾングループで顧問をしていたことがあったらしい。

愛読書はマキャベリの『君主論』。政権を維持するためになら、どんなに信義に背くことでもOKという策謀を勧める本である。
 
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        by kaursh | 2004-07-17 14:46 | ノンフィクション
佐野眞一『巨怪伝』 巨人の背後にいた巨怪
a0024788_1559.jpg 警察のトップから読売新聞社を買収して社長、そして自民党代議士でもあったという正力松太郎の生涯を扱った伝記。著者の作品では『東電OL殺人事件』でも有名だが、こちらは大正から昭和にかけての歴史も絡んだ深い話。どうだろうなあ、としばらくほっておいたが、読み始めたら最後、とにかく面白いとしかいいようがない。正力松太郎は読売新聞社の社長だったことから、おそらく多くの評論家たちが彼を正面から論じることを避けてきたのだが、策謀と欲望の中で時代を駆け抜けたその波乱の人生は格好の題材。ほとんど小説なんかが勝負にならないノンフィクションならでは愉しみに満ちている。

 まだ、途中まで読んだところだが、この作品はジェイムス・エルロイのLA三部作のように警察とやくざとマスコミの三つが混在し、第二次世界大戦をはさんで、さらにプロ野球が深く関連している。清濁あわせ飲むようなこんな物語を創作したら、たちまち時代に名前を残しそうなところ。小説ならば多数の登場人物によって描かれていたであろうものを、正力松太郎はたった一人で実際に演じてしまっていることも驚きである。特高警察のトップとして大杉栄を弾圧し、政財界とのコネクションを築いていき、読売新聞を買収、そして巨人軍の生みの親となりながら、原発の父とも称されている。その影の活動はなかなか計り知れない所があり、やたらとつつくと、日本の歴史の暗闇に直面しそうなほど。だが、そのことがさらに正力松太郎の魅力ともなっている。

 野球ファン、やくざ物のファン、昭和史好き、などなどとにかく多くの読者を獲得しないのが不思議なほど魅力的な作品。どうせだったら映画化、いや、その生涯を詳細に追いかけて欲しいので大河ドラマか何かにして欲しいぐらいである。しかし内容がきわどいだけに実現のハードルはかなり高いだろう。。

……読み進んだ所で、また紹介する予定。
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        by kaursh | 2004-07-17 01:56 | ノンフィクション
デイ・アフター・トゥモローの原案ノンフィクション
a0024788_14524.jpg 映画の原作の他に、ストリーバーとアート・ベルの共著『来たるべき巨大スーパーストーム』というノンフィクションがある。これが映画の原案で、気候の大変動で地球が危機に陥るのではないか、ということが書かれている。それを翻訳したのが右の『デイ・アフター・トゥモロー:スーパーストーム-世界が氷に覆われる日』である。この本は二つの流れで構成されていて、一つはこれまでの歴史的記録から過去の気候大変動を探り、もう一つはそれが現実に起こったらどんなことになるのかを想定してノンフィクション風に創作されている。……この他にストリーバーだけで映画の内容を小説にした本もある。

 こういう話は1950年にイマニュエル・ヴェリコフスキーが『衝突する宇宙』ですでに書かれている。ストリーバーらはこれに少し科学的な情報や新たな歴史的所見を加えることで、本当に起こりそうだと煽り立てている。『ウルフェン』のようなSF風のヴァンパイア小説であれば、科学的な話をでっち上げて、読者をその気にさせる手法としてある程度成功している。『コミュニオン』のようなUFO話も、読者をびびらせる効果があっていい。だが、この本だと、グラハム・ハンコックのようなタイプのあやしい議論になりそうだ。まあ、それを承知でも楽しめるといえば楽しめる。

 古代遺跡の謎、氷付けのマンモス、地球の温暖化現象などを取り混ぜて、いろいろと論じつくしている所は見事なものだが、ある程度まで割り引いて読む必要がある。

 第6章「東京急襲」では、日本にスーパーストームの「マックス」が日本全土を襲う様子が描かれるのだが、この箇所の描写は迫力に欠ける。東京って、近代的なものもあれば古いものがゴチャゴチャした市街地もある場所で、案外歴史も古い、とか、富士山や与那国島沖の遺構のような不思議なものがある国でもある、なんて紹介をして、スーパー台風に襲われて大変なことに……というのが8ページほど書かれている。なかでも特にいい加減な部分。

 それにしても、今年の夏は最初からひどく暑過ぎる。これも前兆なのだろうか?スーパーストームが北極で発生して、主要都市が水没。そしてその後には厳しい氷河時代だとしたら。早い所、南への移住を考えるべきか……。
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        by kaursh | 2004-07-10 14:06 | ノンフィクション
ブッシュ元大統領と小笠原のカニバリズム事件
a0024788_12945.jpg 秦郁彦の『昭和史の謎を追う』は昭和の奇妙な話がいろいろと紹介されていて面白い。その中でも、下巻に収録されたブッシュがらみの話は注目に値する。
 現ブッシュ大統領は親日派ではあるが、その父親となると、日本に対してあまりよくないイメージを持っていない。その理由は第二次世界大戦にまでさかのぼる。兵役を逃れるのに必至だった息子の現在の大統領であるが、父親の方はCIAの長官を務めたこともあるように、硬派な人間で第二次世界大戦にも航空兵として参加していた。その任務地が小笠原。
 小笠原の父島にいた日本軍はブッシュを驚愕させるほどにかなり凄まじい集団だった。同じ航空部隊の米兵の飛行機が不時着して、日本軍の捕虜になってしまった。父親のブッシュも同じ時期に飛行機が墜落。だが、運良くパラシュートで脱出した。そこへ日本軍も近づこうとしたが、米軍の威嚇によって難を逃れた。運良く捕虜という事態に陥らなかったから大統領になれた。ところが、つかまった方の米兵の運命は悲惨なものだった。というのも、一部の人からは捕虜の米兵は英語教師として慕われていたが、この米兵は日本軍の部隊長とその仲間によって、酒の肴としていいものがないということから、殺害され、さらに食べられてしまったのである。的場少佐が主犯だと言われている。
 戦後、この事実はアメリカの調査で明らかになり、米軍によってこのカニバリズム事件の首謀者たちは厳罰に処せられることになった。詳細は不明だが、それ相応の仕返しを受けて死亡したのだろうとのことだった。

 そんなこともあってか、父親のブッシュは日本とあまりいい相性とはいえない。(レーガンと中曽根との蜜月時代、小泉と息子ブッシュとの親密な関係とも違っている。)父親ブッシュが大統領として来日したときには、祝賀会の席で体調を崩して倒れてしまった。湾岸戦争の時には、貢献しようとしない日本の後手後手の態度が非難されることになったが、父親ブッシュの悪いイメージが災いしたのかもしれない。

 秦郁彦の『昭和史の謎を追う』はこうした話がいろいろと掲載されていて、読みがいのある本。特攻の飛行機の開発者が戦後にたどった数奇な運命など。
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        by kaursh | 2004-07-10 01:31 | ノンフィクション