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ネット&読書探索の遍歴
by kaursh
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二つの迷宮入事件
先の長崎……事件との関連で見ていたら、武蔵野でのバラバラ事件名古屋妊婦殺人事件というのが紹介されていた。前者のバラバラ死体事件は飲んだ帰りの会社員のバラバラ死体が発見されたが、血がきれいに抜かれ、大きさも揃えられていた、という奇妙なもの。犯行の仕方から見て、遺体の処理にかなり精通している。少なくとも数人の人物が関与しているらしい。その目的も怨恨ではないようで、まったくの謎。
 もう一つの妊婦殺人事件は先ほどコロンビアで起こった胎児誘拐事件にある意味で近い。コロンビアの事件は子供ほしさに妊婦の腹を切り裂いて胎児を誘拐して、育てようとしたという嘘のような話で、先ごろ犯人の女性が逮捕された。名古屋の事件は夫が帰宅してみると、妊娠した妻が殺害されていた。ところが、おなかの子供は帝王切開のようにして腹から出されて横に転がって助かったという。そのまま犯人は捕まっていない。一体何の目的なのだろう。
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        # by kaursh | 2004-06-22 21:51 | ネット情報
長崎の……事件
 小六の少女同士の怨恨による殺人事件。こわいなあとおもっていたが、マスコミの報道ばかりに流されていてはならないんだなー、と阿修羅の書き込みを読んでいて思った。この前後の書き込みを見ていても、事件報道がかなり錯綜していて、真実が取り残される危険があるのかもしれないと思うようになった。少年犯罪は衝撃を与えると共に、ついでにそれをつい本当だと思い込んでしまうところがある。狭山事件のようなケースもあるので何があるかわからない。弁護士なんて怖い人だから呼ばないほうがいいと説得されているのだから。
 この事件の背景の一つが学級崩壊もあったらしい。担任の先生は事件後に職場を放棄してしまったようだが、そのあたりはもっと詳しい続報が欲しい所だ。それと、被害者の死因となった首の傷は本当の所どうなのだろう。いろいろと謎が深まるばかり。チェチェンやイラクでの虐殺行為はネットを通じて影響を持っているのかもしれない。

 ……でも、現代社会は人間の死の問題から隔離された状況になっている、っていう話を聞いたことがあるが、911以降はその歯止めが消えて、人間の死の問題がネットを通じて広がっているのではないか。グロ画像をふとしたことで見てしまうことは前からあったが、もっと身近になりつつあるように思える。

 この関連で見ていたら、やっと彼女のHPの記録を発見。連続パンチをしたあと、こっちを振り返るヌイグルミ。かぼちゃのアバターがぐらぐらと揺れている。

 確かに、韓国の詩が紹介されてる。

 先の阿修羅HPの掲示板では、ここにも注目する意見があった。どういうカテイだったのだろう。
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        # by kaursh | 2004-06-22 21:35 | 殺人事件
作者不在の「電車男」
今話題の「電車男」というのがある。リンクしてあるのは2chのスレッドの書き込みの一部をまとめてくれたものだ。それだけでも、結構な分量だが、確かに読んだだけのものは帰ってくる。2chの書き込みで、オタクの男性が電車でのトラブルからエルメスなる女性と知り合うことになる。だが、オタクだけに彼女とどのようにして知り合いになれるかがわからない。そこで、2chへ書き込みである。匿名諸氏による衆人環視のもと、電車男に数々のアドバイスが送られ、電車男はそれを頼りにオタクからの改造を試みながら、エルメスとの交際を育んでいく……ってな話である。

                  _| ̄|○

こんなふうに、行き止まりを感じてしまうと、絵文字が電車男によって入れられる。2ch的に話が進むが、なんとも涙がじんわりと浮かんできそうなところがあって、意外な気がするほどだ。 
 チャットや掲示板でなんだか暖かいものを感じる瞬間がときたま訪れることがあるが、この電車男はその感覚を如実に示してる。2chも批判にさらされることが多いが、なんと暖かい世界が隠されていたのかとことのほか発見である。

 とはいえ、これって、一杯のかけそばとかなんとかいうのに近いんだろうな。
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        # by kaursh | 2004-06-18 01:41 | ネット情報
高橋源一郎の『あ・だ・る・と』
a0024788_2610.jpg 前衛文学をきどっていた高橋源一郎が大きく転換したことを示す作品。たぶん、日テレのスポーツ番組「うるぐす」に出演して、江川卓と競馬予想なんかをしてたころなのだろう。これはAVつまりアダルトビデオ製作者の独白といったストーリー。実際に、高橋自身がAVの現場に顔を出すことで、いろいろと学習もしたらしい。過激なAVを気取っているが、読んだ感想としては今ひとつ官能的にはなっていない。作者がAV初心者といった印象を与えてしまうほどだ。電波系のあやしい男優や女優が登場するが、撮影の現場はまったりとした感じで、イヤラシイ感じも弱い。作品としても薄っぺらいイメージをぬぐうことができない。
 本当なら、もっと過激な性的描写を描き出したり、暴力的な部分を押し出してみてもいいようだが、高橋源一郎はもっと淡白な性格なのだろう。根本敬が亀一郎を使ってAVを撮ったようなヤバイ世界からも一線を画している。だが、AVのテーマがこのあとの作品で明治大正の文学史と結び付けられることで、『日本文学盛衰史』と『官能小説家』という不思議と奥行きのある新しい世界を描く一歩へと向かうことになったのだ。明治大正の文学者がAVの世界と結び付けてしまうというある種不謹慎なことも、高橋なら赦されてしまうのだろう。
 そういう意味で、極めて重要な小説でありながら、今ひとつという印象も残る。

 傑作は『日本文学盛衰史』。いよいよ文庫化されたから、買うことにしようか……。でも、単行本も箱入りで魅力的なんだよなあ。漱石と啄木の間のきわどい関係がなんとも唸らせてくれる。
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        # by kaursh | 2004-06-15 03:04 | 日本文学
メアリー・フローラ・ベル
長崎の少女殺害事件の加害者(ネット上での通称NE_VADA)は11歳であるが、イギリスには同じ11歳の少女の殺人者がいる。それがメアリー・フローラ・ベル(1957.5.26-)。彼女は友人ノーマを誘って、殺人行為を犯すようになった。最初に殺したのは4歳の男の子で、メアリーは事件の後に男の子の家に男の子に会いにやってきた。そのとき母親から男の子が死んでいることを知らされるが、そのときにメアリーは「そのことなら知ってるわ。お棺に入っている所をみたかったの」と答えた。メアリーはその後にもう一人の3歳の男の子を殺害して、事件が発覚することになる。メアリーは二つの事件の主犯として裁かれ、ノーマは無罪となる。
 メアリーの場合、家庭環境が荒れていたことが一つの引き金になったと思われる。メアリーと長崎の加害者を比較してみると、前者は犯罪のリーダー格で家庭が荒れており、後者は単独犯で家庭は今までの報道を見る限りでは普通のようだ。

 少女たちの複雑な心理。そういえば、ロード・オブ・ザ・リングの監督ピーター・ジャクソンは少女二人が母親を殺害するという「心の祈り」(?)とかいう映画を撮っていたが、そのうちに見なければなあ、とふと思う。
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        # by kaursh | 2004-06-14 03:09 | 殺人事件
法月綸太郎の『頼子のために』
a0024788_31517.jpg 新本格のミステリということで読み出したが、途中でやっとハードボイルド路線の作家であることがわかってきた。法月が高く評価するロスマク(ロス・マクドナルド)は読んでいないが、映画だけ観た覚えがある。ポール・ニューマンが主人公だったような気がする。事件を追及していくうちに、家庭の背後にあるくらい部分に気づくようになっていく、というものだ。『頼子』もこれと同じタイプの話。だが、新本格を想定していた私からすると、新本格からずれてしまう、その展開の意外さに興味が引かれる。これまでに法月作品で読んだのは『法月綸太郎の冒険』ぐらいのものだったので、やっとこの小説家のスタイルがわかってきた。もっとふざけたタイプの小説かと思っていたがどうも違っているらしい。前半の手記の部分で何度か停滞して、もう一度読み直し、ということを何度かしていたが、同姓同名主人公の登場するあたりからはどんどん読めるようになった。

(ネタバレ)
 頼子の教師の柊が頼子と関係を持って、更に妊娠。その発覚を恐れて殺害した、というのが最初の事件像だったが、実際には、父親が虚偽の手記を残していて、自分の犯罪行為を隠蔽するためのトリックだったというあたりがわかったときは、なるほどなるほどと唸らせるものがあった。この小説のポイントは父親と娘との関係が次第に明らかになっていく所だ。
 母親が背後で頼子や父親の行動のすべてを冷酷に見つめていたというのが、この小説のもう一つの落ちであるが、こちらは納得できなかった。いまひとつこの母親の人間像が描ききれていない気がする。しかし結末としてはこういう形が一番すっきりするのだろう。
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        # by kaursh | 2004-06-12 03:16 | 国内ミステリ
デヴィッド・リンジー『殺しのVTR』
 スナッフ・フィルムを題材とした警察小説。リンジーは残虐な内容を使いながらも、登場人物の心理描写が優れているため、小説としても面白い作品を書いている。本作はこれまでリンジーの作品を読んだ中でもかなりキツイ問題を扱っている。この種のテーマを扱ったものとしてはヤーロン・スヴォレイ+トマス・ヒューズの『スナッフ・フィルム追跡』というルポルタージュがあるが、リンジーの作品の衝撃度は高い。

(ネタバレ注意)
ヒューストン市警刑事のスチュワート・ヘイドンは殺人事件を追っていくうちに、スナッフ・フィルム製作の集団の存在を発見する。彼らは世界各国の戦地での住民殺害の映像を撮影したり、国内の不良少女を惨殺するビデオを撮ったりしていた。その背後を探っていくうちに、ヘイドンはスナッフ・フィルムに取り付かれた富豪ローグと出会うことになる。彼は動物に内在する殺人衝動が人類にまで巣食っていると考え、自分の欲望を正当化していた。彼は中南米の軍隊に殺人のシーンを撮影させるために資金を提供したり、戦争カメラマンを戦地に派遣していた。ヘイドンは彼を追い詰めようとするが、ローグは自分の撒いた種によって窮地に陥りつつあった。
 ここまで深く書き込まれた作品とは知らないで読み始めたので、途中はかなりびびってしまったほど。だが、リンジーはこうしたグロテスクなものを主題として取り上げているが、その心理分析的な手法で上品さを保つことに成功している。スナッフ関係に対する嫌悪感を育てていくという意味で、倫理的なアプローチに徹している。
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        # by kaursh | 2004-06-08 02:43 | 海外小説
デイ・アフター・トゥモローの原作とは……
全米映画興行収益 速報 6月1日
ストリーバーについて書いていたら、デイ・アフター・トゥモローの原作ということを知ってちょっとびっくりした。クネトカとの共著『ウォー・デイ』に近いのだろうと、勝手に推測。こちらのブログでもそのことが紹介されていたのに気づいて読ませてもらいました。ストリーバーはヴァンパイア物の小説を書いているが、ヴァンパイアの心理だけではなく、ヴァンパイアの歴史や科学的な分析なんかを詳しく論じたりする、ちょっと評論家的な書き方をする作家。そんなことから、氷河時代が突如やってくるシステムを研究して、こんな本を書いたんでしょう。しかしまだ、未読なのでなんともいえませんが……。
そのうちに、書店で少しばかり立ち読みでもしようと思ってます。
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        # by kaursh | 2004-06-04 03:34 | 映画
ホイットリー・ストリーバーの『コミュニオン』
a0024788_302.jpg このところ、新潮文庫でストリーバーの『薔薇の渇き』や『ラスト・ヴァンパイア』が新刊として出版されたり、映画『デイ・アフター・トゥモロー』があったりと、新たなストリーバー・ブームを迎えているといった観がある。
 『コミュニオン』は1987年とちょっと古い作品だが、学識ぶりを披露しながら、独自の体験をもとにUFO論を展開する奇妙な作品だ。ストリーバーは自分の記憶の一部が隠蔽されていて、別荘に滞在していた間にどうやら宇宙人らしきものと遭遇していたことにハタと気づいた。そこで、定評の高い心理カウンセラーに過去を再現してもらい、本当に何が起こったのか、その真相を明らかにしていく。なんと、夜中でベットに入った所に、小さな宇宙人がたくさんやってきて、彼を宇宙船へ連れ出していた。そこで彼は何か手術を受けたりしていた。だが、カウンセリングを繰り返していくうちに、こうしたアブダクション体験は一度だけのことではなかった。子供時代から彼は何度も宇宙人にどこかに連れて行かれ、検査を受けたことがあったのだ。一度は父親と一緒に宇宙船にさらわれたことがあり、彼は案外冷静に事態に対処していたが、父親は宇宙人に驚いて叫び声をあげていた。
 これは虚構なのか、それとも本当にストリーバーの体験なのか、私には確信がもてない。ストリーバーの手法はかなり冷静で、UFOに関心がないカウンセラーを使うことで、アブダクションの記憶に客観性を持たせるようにしている。だが、そういう態度や、妙に整然とした本の内容に、私はどうも逆に胡散臭さを感じてしまう。とはいえ、アブダクション関係の本の入門書としては楽しめるし、UFOとの遭遇の部分は読んでいて、ちょっと怖くなってしまったのも事実。しばらく、寝る前の読書タイムに本を広げていたが、こういう宇宙人が扉を開けてやってきたら……とガクガクブルブルしてました。
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        # by kaursh | 2004-06-04 03:01 | ノンフィクション
ジャック・ケッチャムの『オフ・シーズン』
a0024788_21515.jpg 陰惨な小説で有名な『隣の家の少女』はすでに読んでいたが、ケッチャムのデビュー作の『オフ・シーズン』を入手して、早速読み終わった。これはかなりの傑作。ホラー小説はこれまでいくつか読んできたが、『悪魔のいけにえ』や『死霊のはらわた』のような迫力のある作品に出会ったことはなかった。ケッチャムのこの小説はホラー映画を見ているときのように、残虐でありながらそれを楽しんでしまうことができてしまうのだ。スティーブン・キングの小説も好きだが、やはり登場人物の心理描写が中心的な位置を占めていて、映画のような臨場感をうまく表現できていなかったのだなあ、ということがわかってくる。
 まだ、あまり確かめていないが、ケッチャムは本作以降、『隣の家の少女』に代表されるようないじめや虐待をテーマにした小説を書いている。既読なのはこの『隣の家の少女』だけだ。母親とちょっとませた少年が少女を苛め抜いて、最後にはエスカレートして息、監禁して殺害してしまう。本当に救いのない内容だ。この手の話はノンフィクションに負けてしまう気がして、私は好きになれない。どうせならば、『オフ・シーズン』のような作品をもう一度書いて欲しいものだ。
 下に小説の内容を書いておいたが、どうせ読むなら、あまり細かい筋書きは知らないで読んだ方がいい。注意すべきは、この本の前書きとあとがきの部分でストーリーがかなり紹介されていることだ。その部分はできるだけ読まないように慎重にページを飛ばしましょう。

補足:
 調べてみたところ、ケッチャムの小説は実話を基にして創作されたものであるということが「ケッチャム作品と実話」で詳しく紹介されている。スコットランドの話はそういえばどこかで読んだ覚えがあったような気がする。


(ネタバレあり)
前半部分は登場人物たちの素性を描いていて、いささか退屈だった。都会からバカンスを楽しみに来た都会の人々の人間関係、喰人鬼の不穏な動きを察知する地元の警官の日々の生活がのんびりとした調子で描かれている。だが、喰人鬼たちがついに都会人たちを襲撃し始めてからは急に面白くなった。最初に、都会の男性と女性を血祭りに上げて、カニバリズムにふけるあたりの様子は残虐ではあるが、読んでいると、それほど怖くはない。カーラは生きたままで、別荘の近くの場所で身体をすっぱりと切り裂かれるシーンはひどいなあと思いながらも、すんなりと読んでしまった。さすがに、ローラという女性が洞窟で生きたままの状態で身体を切り刻まれる場面は、ゲゲっと思ってしまった。最後に救出される妹以外にも、洞窟では少年と男性が生存していたが、馬鹿な警官が間違って撃ち殺してしまう。この結末もすっきりしていてよかった。バイオレンス・ホラーの傑作として記憶に残ることになるだろう。

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        # by kaursh | 2004-06-03 15:01 | 海外小説