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ネット&読書探索の遍歴
by kaursh
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木村剛の駆込み寺
a0024788_21192159.jpg たまに見ていた木村剛のブログだった(私も以前にトラックバックをしたことがあります)が、この記事を見たときに、ふとブログというものがマスメディアの報道を2次的にチェックする機能として案外優れているものだということを実感した。ここで木村剛は最近の読売新聞の社説が選手批判をしたりしていることを、他人のブログ経由で知ったのだ、とそのブログを紹介している。

 個人で複数の新聞や雑誌やTVを網羅できないので、以前であったら、人を多数動員して、そうした有益な情報は集められたのであろう。そうしたことができるのは資金力のあるマスコミとかに限定されていたが、ブログの検索能力も向上してきたこともあって、一つのニュース情報であれば、その関連報道についての複数の読者の意見を通覧することができる。その中から、見落としていた話や新しい解釈の可能性を発見できれば、得る所は大きい。

 ブログ発信者にとっての一つの恐れは、個人が発信者となるために、将来的に、どこかから圧力がかかるのではないか、というものだろう。この場合、実名やほぼ実名の形で発表しているブログ発信者にとって、どんなツケがまわってくるのか、かなりの脅威である。匿名ブログの場合には新たな移転の可能性もあるが、それでも、強烈な攻撃を受けることになれば、個人としてそれに対応できるかは未知数である。また、ブログ提供元がどのような対応を取るかもわからない。

 木村剛が言っているのは、以上のような問題についてではない。ブログからの有益な発信情報がインターネット通信のはざまで消失していくのではないか、という危惧に対して、木村剛自身がすすんでそうした情報を取り上げることで、ブログからの情報により社会性を持たせるようにしよう、と提案している。

 ブログによる情報発信の可能性を模索すること。これはブログ発信者にとっても課題である。それにしても、木村剛の画像を持ってくると、「週間!木村剛」ブログって感じになってしまうのは何故だろうw

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        by kaursh | 2004-09-30 21:22 | ネット情報
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